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伊能 教夫氏 (東京工業大学)
「生体の有限要素解析について思うこと」

  有限要素解析は、バイオメカニクス分野のさまざまな研究対象に利用されている。顎顔面バイオメカニクスにも有用なツールであることは言うまでもない。しかしながら、その適用にあたっては他の研究対象以上に注意を払う必要がある。 ここでは、筆者らが扱っている個体別の応力解析を例にとって僭越ながら私見を述べたい。

  個体別に骨体の力学シミュレーションを行うには、骨体形状に忠実な有限要素モデル、骨体に則した材料定数の設定、そして実現象を踏まえた力学条件の設定が必要である*。このうち、力学条件(拘束条件と荷重条件)は解析結果に与える影響が大きく、 最も注意を必要する。しかし、実情はそうなっていない気がする。

  最近では、市販のソフトウェアでもCTデータから忠実な有限要素モデルを作成し、材料定数を設定することも可能になっている。ところが、境界条件の設定は意外に整備されていない。顎顔面バイメカニクスの応力解析では、筋力のモーメントバランスを考慮した筋力設定が必要になる。筋付着部の設定機能も欲しい。このような筋力設定機能は残念ながら搭載されていない。もともと応力解析ソフトは工業製品を対象としているので、 需要の少ない解析対象には応えられていないというのが真相であろう。

  そのため、解析ソフトウェアで提供されている設定機能で有限要素モデルに力学条件を設定する必要があるが、雑誌論文でも適切と思えない設定が見受けられることがある。ここでは、上顎骨歯列に荷重がかかった応力解析を例に挙げて説明する。応力解析を実施するには有限要素モデルの節点を拘束する必要があるので、図1(a)のように頭頂部の2カ所を固定したとする。単純化してあるが、しばしば見受けられる拘束条件の設定である。 このような力学条件の設定は、適切であろうか?

  これを判断するには、骨体にどのような力が作用するかをチェックするのが有効である。このような拘束条件を設定すると、図1(b)のような力が節点に働いていることになる。この力の状態は、既存の有限要素解析ソフトウェアでもチェック可能である。この例では、頭頂部に上向きと下向きの力が同時に働いているとして解析していることになり、力学条件として不自然なことがわかる。拘束点を多くしても頭頂部に上向きと下向きの力が分布的に働くことには変わりない。 これを解消するには、やはり頭部の筋力を考慮した力学条件設定が必要である。

  ただし、上記の力学条件による解析結果は、全く意味がないというわけではない。拘束点から遠い部分では、拘束条件の影響が小さくなるので歯の周辺部の応力を議論する限定的な使い方は可能であろう。しかし頭頂部のモデルを活かすには、力学条件に注意を払う設定が必要であることは言うまでもない。このあたりを踏まえた解析が顎顔面バイオメカニクスには特に重要と考えている。

* X線CT画像に基づく個体別モデリング,バイオメカニズム学会誌, Vol.36, No.1, pp.9-12, 2012
         図1(a)                    図1(b)